東京ディズニーランド・ディズニーシーにおける園内アナウンスの文言が一部変更になりましたが、ネットではその変更に対する否定的なコメントが相次ぎました。文言変更と、変更への批判が何を意味しているのか、考えていきます。
この記事のもくじ
Hello, everyoneへ変更。理由は?
東京ディズニーランド、シーの園内アナウンスは、”Ladies and Gentlemen, Boys and Girls”という文言が長く使われてきましたが、これが “Hello Everyone”や”Welcome Everyone”に変更になりました。
変更の理由は多様性の尊重です。ディズニーの倫理観として、すべてのビジターを幸福にという大前提がありますので、インクルージョンは企業にとって全面に押し出していく価値観になります。
「紳士と淑女」「男と女」という2項対立に苦しんできた人が現代社会に多くいます。
そもそも、これらの2つの2項対立は社会的に作られたものであって、その規範からはずれるものはアブノーマルであるという考えを引き起こしてしまう装置なのです。
男でも女でもない人たち、そういうラベルが不要な人たちにとっても楽しめるパークにしていこう、さまざまな価値観を尊重していこうということで、「みなさん、こんにちは」「ようこそ、みなさん」なのです。
いまや、ディズニーに限らず、いろいろな場面で、”Ladies and Gentlemen”の挨拶は消えています。
文言変更への批判はマイノリティへのヘイト
この報道に対し、ネット上では批判的なコメントが多く見受けられました。なかでも批判がきわだっていたのは、ヤフーニュースにおける匿名コメントでした。
トップのコメントに、
「一見すると優しそうだけれど、息苦しくて暮らしにくい世の中になってきた」
とあり、このコメントに6万のイイねがついています。
「生きにくい世の中になってきた」、「生きてて疲れる世の中」「窮屈な世界」「過剰反応」「他に対応することがある」などと心ないコメントが多数を占めています。
しかし、立ち止まって考えてください。そのようなコメントをしている方は、Hello, everyoneに変更になると、困ることはあるのでしょうか。どう「息苦しくて暮らしにくい世の中」になるのでしょうか。
Hello, everyoneに変更するなどして、全ての人へ配慮しなきゃいけない世の中が息苦しいと考えているのなら、それは憎悪(ヘイト)ではないでしょうか。
マイノリティの方々は今まで、いや今でも、「息苦しくて暮らしにくい世の中」を生きています。
それを少しでも緩和するために、ただの文言を変更しただけです。それを今度は今までなんとも思ってなかった人たちが「息苦しい」とは、どういう理屈なのでしょう。
また、そのようなヘイトコメントを放置するヤフージャパンはどのような企業倫理観を持っているのでしょう。そういったコメントに賛同が多く集まるのを見て、当事者はさらに生きづらくなっていくのです。
意識しなくてすむならそれは特権
“Ladies and Gentlemen, Boys and Girls”の文言をなんとも感じてこなかった人。違和感を持たなかった人。意識しなかった人。単にノスタルジーを感じていた人。
意識しないですむことはすべて特権です。別に特権を持っているのが悪いと言っていません。
これらの文言を気にしなかった人は恵まれているという話です。
逆に、意識せざるをえない人はマイノリティ・社会的に不利な立場にいる人です。
例えば、街中に段差が多いことに敏感な人は、なんらかの障がいをもっていたり、家族にそのような障がいを持つ人がいるのではないでしょうか。
普段、階段の段数や有無に無頓着な人が、「最近のバス、段差がどんどんなくなってるよね。ノンステップバスとかフルフラットバスとか。あの段差があるとバスに乗った気持ちになって良かったのに」などと発言したら、それはひどいと思いますよね。
特権に無意識で、マイノリティへの対応を批判するのは間違っています。
特権を持っている人は、そうでない人へのまなざしに、そして、彼らからのまなざしに敏感であるべきと考えます。
マイノリティとされる人がマイノリティであると感じない世の中になること、マイノリティと呼ばれない世の中になることを願いつつ、ディズニーの方針に賛同します。